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2009年4月の8件の記事

2009年4月27日 (月)

父の涙

父の巻

4月26日

昨日からのrainが一旦上がったものの、風が強く、曇り空の寒い一日。

先週よりもまた回復してきた父は、起床・着替えを自分で行う。

トイレ介助・洗面・ひげそりの後、

朝刊を読み、「今日の一句」を手帳に書き留めるpencil

今までは読んでから書くまで半日ほど時間がかかっていたが、

今日はスイスイsoonと終わらせた。

午後、孫娘のクマ子がかわいい花束tulipを持ってきてくれた。

母は寝ていたので、私と話していると、

父がクマ子のほうを向いて、何かを言おうと一生懸命口を動かしてる。

伝えたい思いがいっぱいになっているらしく、ポロポロ涙まで出てきた。

父の涙なんて10年以上も見てない。

それなのに!なんというか、まるで奇跡だ!

感情が戻ってきた!

クマ子も感激して涙をポロポロ流しながら、

「おじいちゃん、わたしはしっかりやってるから大丈夫だよ。」と涙声で言う。

孫娘が生まれてから、ずっと一緒に暮らして親以上の愛情を注いでいた。

一人暮らしをしている孫娘のことをずっと心配していた。

言葉が無くなっても、感情を出せなくなっても、心の中はクマ子のことで一杯だったのだ。

二人とも、顔を涙でくちゃくちゃにしながら思いを伝えあっていた。

仕事のこと・住まいのこと・結婚のことなど、クマ子は涙声でおじいちゃんに話した。

父はそうか、そうか、とうなずいて笑顔になった。

そして・・・

「おじいちゃん、また来るね~」と言って握手しようとすると、

父は立ち上がって、両手でクマ子の手を包んで何度も頭を下げた。

父の頭の中で、大きな変化が起こっている。

感情喪失の幕が取り払われて、神経細胞がつながってきたらしい。

まさにフェルガード効果だと思う。

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2009年4月21日 (火)

ちょこっとお花見

4月18日

母を車に乗せて花見ドライブをした。

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諏訪湖ランニングロード沿いの葉桜と水仙

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カーサ前の公園 芝桜が咲き始めた

前日の夜、しだれ桜のライトアップを見に行く。

ここは3年前の豪雨災害で土石流に襲われたところで、

鎌倉時代からあるという「社」が流出してしまった。

現在は復興作業が行われている。

未曾有の土石流にも耐え、しっかり生き残った桜が見事な姿を見せていた。

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Photo

風が強く、寒い夜。恐ろしいような気配が漂うしだれ桜に思わず手が震えてしまった。

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2009年4月20日 (月)

フェルガード効果?

父の巻

4月17日

今週は、ひとりで起床し着替えもし、トイレに行かれるようになった。

以前と比べたら時間もかかるし、うまくはできないが、

「何とかして自分でやりたい」という前向きの気持ちが父を動かしたと思う。

短い言葉ながら、はっきりとしゃべるようにもなった。

特にヘルパーさんの質問や問いに対して、

はっきり答えるので、介助していて嬉しいと言われた。

これって、

フェルガードが効いているってことじゃないかな?

10時から訪問リハビリがあった。

療法士さんの指示で体を動かす。

手・腕・頭・首など上半身

足の指・足首・下肢、そして立ったり座ったり、最後に部屋の中の歩行。

ゆっくり、ゆっくり、途中で休憩しながら40分間。

今月の2日に始めてから2回目。

体が動くようになってきたとのこと。

特に歩行は足がスムーズに前に出るようになったとのこと。

急に歩けるようになっても、転倒が起きやすくなるので、

介護する側にとっては大変なことなのだ。

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2009年4月19日 (日)

徘徊の始まり?

母の巻

4月17日

圧迫骨折と診断されて2週間たち、診察に連れて行った。

痛みも大分引いて、起き上がり・立ち上がりも楽になってきた。

このまま静かに過ごすように言われ、4週間分の薬をもらった。

食事に好き嫌いがあり、栄養が片寄るので

補助食品を飲ませたこともあったが、やはりそれも嫌うので、

最近は、チーズ・ヨーグルト・ナッツ類・おつまみ小魚などを用意しておく。

果物と一緒にチーズやヨーグルトは冷蔵庫に入れ、

後のものは小袋に分けておいて、毎日ヘルパーさんに持ってきてもらう。

こうすることで、買い置いたものを一度に食べてしまうことはなくなった。

最近、廊下を歩いていることがあるという。

徘徊の始まりか?とも考え、様子を観察してもらっている。

「どこへいくの?お散歩?」と聞くと、

「そう!」と言って、ニコニコしているらしい。

でも、今日昼寝から起きてボーとしながらも、なにか、そわそわしていたので

「どうしたの?」と聞くと

「トイレってどこだっけ?」と言うので。

ガーン!ついに来たかって感じだった。

「トイレは部屋の中にあるよ」と静かに落ち着いて言うと、

「ああそうだったね、あそこだね」と言って、トイレに入った。

「こんなことがわからなくなるなんて、嫌になっちゃうね」と苦笑いしていた。

その後、わからなくなることが時々あるのか聞くと、

そうだ、と言う。

だから、廊下に出て探して歩くこともある、と言うのだが・・・・

そういう切羽つまった時があったのだな、と思った。

多分、骨折の痛みがひどくて混乱していた時に、

わけがわからなくなってしまったのだろう。

「年を取ると、急にわからなくなることがあるんだって。

でも、恥ずかしいことじゃないから、周りの人に聞けばいいからね」

と言うと、ニコニコと笑顔になった。

ヘルパーさんだけでなく、同じ階の親しい方にも話して、

不安そうな顔をしている時には声かけしてくださいとお願いした。

居住者のお年寄りに、両親のことを何でも話しているので、

「誰でも行く道だから」と言って

皆さんが関心を持ってみてくださっている。

お互いにお互いを観察しあって、

様子がおかしければすぐにヘルパーさんに知らせるという、

「ご近所の底力」みたいな互助作用が機能していることがうれしい。

カーサがオープンして3年。

いつの間にか、とてもいい住まいになったんだなと思った。

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2009年4月14日 (火)

歩けた!

4月10日

父の巻

朝、部屋に入っていくと父が椅子から立ち上がって歩き出すところだった!

「ちょっとそこへ」と、トイレを指差す。

「エッーーーー歩けるの?」とびっくりしながら・・・

危なっかしいので、手をとってトイレに誘導する。

今朝、ヘルパーさんが父のトイレ介助のため車椅子に乗せようとすると、

立ち上がって自分で歩きだしたので、手引きをしたとのことだった。

ひと月近く歩かないでいたので、筋肉が落ちているし、

このまま歩き出したら危険。

ケアマネさんも、訪問に入るヘルパーさん達も、

今後の変化をこまめに見ていこうということになった。

椅子に座って、片足づつ持ち上げる運動をやらせたり、

足首を回したり、足の指を動かしたりと、私の方が一生懸命になってしまう。

このまま歩けるようになるのだろうか?

と、素人の私は思ってしまうのだが、

プロの方たちは、「波があるから、歩けたり歩けなかったりよ~」とのこと。

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諏訪湖畔の柳が芽吹いて柔らかな若葉が風に揺れていた。

枝が伸び、葉が茂って木陰を作るようになったら、

この木はもっと美しい姿に変わるだろう。

そして翌日、

「今日は駄目だ」と言って、父は歩けなかった。

歩けたり、歩けなかったり、人間の体の不思議。

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2009年4月13日 (月)

諏訪湖畔の桜

4月10日

母の巻

例年よりも早く咲き始めた桜。

ここ数日は諏訪も5月の陽気で暑い位。

母の腰の具合もよさそうなので散歩に出た。

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寒くなってからはまったく散歩に出なかったので、

久しぶり青空の下、春の日差しを浴びて気持ちのいい時をすごした。

部屋に帰ってしばらくすると母が腰の痛みを訴えだした。

かなり痛むらしく、うなると言うより「痛い!!」と叫ぶ。

いくら調子がいいといっても、骨折しているのだから、

車椅子を使わないで散歩に連れ出したことがいけなかった。

何とアサハカで思慮の足りないことか!

母に詫びた。

「痛い痛い」とうなりながら、「そんなこと気にしないでいいよ」と言う母。

私は親を看ているつもりだが、親の愛情はもっと大きいのかもしれないと思った。

来週になると、桜も満開を過ぎて、桜並木の下に芝桜が咲きだすだろう。

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2009年4月 8日 (水)

さくら・桜

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善福寺川緑地の桜を見に行きました。

善福寺池を源とする川が大きく蛇行あたりに、この緑地があります。

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蛇行して流れる川に覆いかかるように咲く桜。

花びらが風に舞って、川面に落ちて流れていきます。

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樹齢20~30年のソメイヨシノやオオシマザクラ、ヤマザクラなどの桜が両岸に。

桜のトンネルが続きます。

武蔵野の面影を残す木立も芽吹き始めました。

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2009年4月 6日 (月)

圧迫骨折

3月30日~今週は何回電話しても母は電話に出なかった。

一度、出るには出たが、「気持ちが悪い」と言ってすぐに電話を切ってしまった。

またいつものことか?と思いながら・・・・

何か緊急事態があればカーサから連絡があるので、そのままにしていた。

4月4日

カーサに着くと、待っていました!

とばかりにケアマネさんや、ヘルパーさんが母の様子を話してくれた。

廊下をウロウロしたこと。

お金がないので貸してほしい、と言ったこと。

失禁がひどかったこと。

4月2日の主治医の診察に、腰痛を訴えていたこと。

母の腰痛がひどいようなので、整形外科を受診する。

診断結果は・・・・

腰椎3番、4番の圧迫骨折

以前にやった5番、6番の圧迫骨折は自然治癒している、とのこと。

(そういえば以前腰痛で長いこと苦しんでいた。

湿布やコルセットをして家事をしていた)

原因は、骨がもろくなっているので、少しのショックで折れる。

治療法は、薬を飲んでとにかく寝ていることしかない。

安静で、一ヶ月ほどで落ち着いてくる。

アルツハイマーの場合、

痛みを感じないのか動きまわることがあるので注意するように、とのこと。

相当痛むらしく、母はかなりへこんでいて

「こんなふうになって嫌になった」とか

「こんなことばかりしていちゃいけないけど、どうしようもない」

と言ったのは医者に行く前のこと。

受診後は、薬のせいなのか、とにかくよく寝る。

今までも寝ていたが、食事以外の時はほとんど寝ている。

こんなに寝ていては脳にとってはよくないだろう。

夜中、トイレに起きた母は痛みを感じていなかった。

しっかり覚醒しないで起き上がった時は平気だ。

でも、普通は起き上がる時に痛みが激しい。

歯を食いしばるようにして、我慢している。

そういう抑止力って、理性なのだろうか?それとも性質?

そのうちに、脳の萎縮はこういう部分まで侵食してくるのだろうか。

いつも看てくれているヘルパーさんたちが、

ウロウロして、お金をかりて、お医者さんに行きたかったんじゃないか、とか

痛みがひどくて失禁したんじゃないか、とか

失禁したことを隠そうとしたのは当然なことだよ、とか言ってくれた。

いろいろショックなことが重なったけれど、

心ある人たちに看てもらっていることを感謝したし、

わたし自身も一面的な見方をしてはいけないと反省した。

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