« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月の8件の記事

2009年5月26日 (火)

眠りモードに

5月24日

母の巻

圧迫骨折から10日以上経ち、痛みも引いているだろうか?

と期待しつつ1週間ぶりで行ってみると・・・・・

今朝は起きてこなくて、ベッドで寝たまま食事介助してもらったとのこと。

わたしが声をかけても、うっすら目を開けるが起きない。

食事時間に起こして、トイレ介助し、数口食べるだけだ。

昼食後、覚醒していたのでお風呂に連れて行った。

「気持ち悪くて、吐きそう!」と言い出したので、サッと洗って部屋に戻る。

孫のクマ子が来ていて、

ドライヤーで髪を乾かしてもらい、笑顔も出たが、

すぐに眉間にシワを寄せて、「痛い、気持ち悪い」と言い出しベッドへ。

昼も夜もずっと寝ている。

なす術がない。

単に圧迫骨折の痛みだけではないような感じがする。

痛みをきっかけに母の頭の中で何か変化が起こったような気がする。

痛みやら今の状態を受け入れられずに、現実拒否と閉じこもり。

過睡眠が始まったか?

以前もこんな風に1ヶ月寝たきりだったなぁ・・・・

介護拒否・食事拒否・排泄介助拒否・何でも拒否

強く拒否されると、私自身が拒否されるような気がするので、

どうしても無理強いさせてしまう。

頭ごなしにガミガミ言う。

母を受け入れることが出来ない。

怒る声が大きくなるにつれ、

母はしっかり目を閉じて、心も閉じてしまう。

Dscf0024_2

激しく雨が降っている。色とりどりの花でいっぱいの畑を3階の廊下から眺める。

ホールで顔見知りの方とおしゃべりして、愚痴を聞いてもらう。

「イライラして怒っちゃった~」と言うと、

「貴女の気持ちはわかるけど、怒らないでやって。

わたしだって、子どもに怒られたら悲しいよ。

貴女のお母さんの気持ちの方に近いかもしれないからね。

みんな年取ったら往く道だから仕方ないことなのよ。」と静かに言われた。

ふんふん、そうかぁ~、そうだよね、

素直に聞けた、納得できた。

・・・・・・このところ目一杯で余裕がなかったかもしれない。

まぁ、余裕があってもなくても、疲れていてもいなくても、

やさしくしたり怒ったり修羅場を繰り返しながら、

少しずつ現実の母を受け入れていくんだろうな。

| | コメント (2)

2009年5月25日 (月)

5月23日

父の巻

Dscf0022

血管がもろく、その上血液が固まらない薬を飲んでいるので内出血を繰りかえす父の手。

食欲は落ちたものの、一週間を無事に過ごしたようだ。

起き上がりに時間はかかるが痛みもなく、自力でできるようになった。

目下の心配ごとは、「あれ。。。」と母を指差す。

母が一日中寝ているので、ベッドに目をやっては様子を見、

食事の時間になると「おいおい!」と声をかけて起こす。

やっと起きて来て、車椅子に乗った母の手をとって、顔をじっと見る。

食事に行くと、食欲のない母に「もっと食べなさい」と促しているそうだ。

まわりのお年寄りもそういう変化をよく見ていて、

「以前は、お母さんがお父さんの箸の上げ下ろしまで見てお世話していたけど

最近はお父さんが気遣っておられるわね~」とのこと。

入所当時元気の良かった頃は、夫婦で一緒にいられることを皆に羨まれていたが、

認知の進んだ母の様子を見て、いろいろ思うところもあったらしく、

「主人が亡くなった時は悲しかったけど、

自分が元気のうちに見送りができてよかった」という方もおられる。

羨望の対象だった夫婦も

いまでは見るものに優越感を抱かせ、哀れみの存在なのかもしれない。

それはきれい事ではない正直な気持ちだろうと思う。

Dscf0023_2

孫のクマ子に促されて手をつないだ二人。いつの日かこの手を離す時が来るのだろう。

『睡眠は別れ別れで やがてふたりは手をはなしたり』 高瀬 一誌

| | コメント (0)

2009年5月20日 (水)

お抱え床屋

5月17日

去年までは、月に1度父を床屋に連れて行った。

ほとんど髪の毛がなく、言ってみれば「○ゲ」であるが、

残った数本の毛を、数種類の整髪料などつけて、大事になでつけて、

少し伸びると床屋に行って散髪してもらっていた。

父の歩行があやしくなったこともあり、

これくらいの散髪ならわたしにも出来るかも?と始めた素人床屋だが、

電気シェーバーで、グルリと刈り上げて、

眉も整え、耳毛も鼻毛も切って、熱いタオルでふきあげて、終了。

とっても簡単!

Dscf0016

まるでタコ入道だわ!

Cocolog_oekaki_2009_05_19_17_51

腰痛で顔をしかめている母の髪が伸びて、まるで「鬼○バ」

「楢山節考」のおりん婆だってここまでは!と見まがうほどの形相になっていて、

少しはきれいにしてやろうと、母のカットをする。

母も行きつけの美容院があり、去年までは連れていった。

そこの先生が髪を染めるのは女性として当然のこと、という意見であり、

白髪移行中の母の髪を真っ黒に染めてしまったので、

私とちょっとした意見の対立があった。

まあ、どうでもいいことなのだが・・・・

頻繁に美容院に行かれないので、そうなると染めまだらな髪は悲惨なことになるのだ。

年取って、認知もあって、険しい表情になってくる時に、

それを和らげる髪の色は、やはり自然な状態が一番いいと思う。

で、それ以降、私が母のカットをしている。

Dscf0018

こんな仕上がりでどうでしょう?と母に聞くと「いいよ~」とニコニコする。

でも、母の本心は「こんなに短くしないで、パーマもかけて髪も黒く染めたい」

ってことなんだけど・・・・

| | コメント (4)

2009年5月19日 (火)

根性発揮してます!

5月16日

父の巻

13日午後、母が廊下に出てきて「困った困った」と言うので、

(圧迫骨折で寝ていた母だが、父の声で起きたのかも?)

ヘルパーさんが部屋に入ってみると、父がトイレの前で転んでいたという。

頭の下には丁寧に枕が敷いてあったというので、

母が不安にかられながら、どうにかしなくちゃと考えた挙句のことらしい。

父は意識もはっきりし、痛みの箇所もないようなので、様子をみるということなど、

当日すぐにケアマネさんから連絡をもらっていた。

やはり骨折はないものの、レベル低下があって、

歩けなくなり、体が傾き、右手の動きが悪くなり、飲み込みも悪くなっていた。

起き上がる時に、体がうまく動かせず、やっとのことで横位になって、

てすりにつかまって横位のまま起き上がろうとするが・・・・

Cocolog_oekaki_2009_05_18_14_58

体が硬くなっていて、動かすたびに痛みがあるが、

「いいで、いいで」(自分でやるからと)辛抱強く何度も繰り返して、

そのうちに、体もほぐれてきて起き上がる。

時間もかかるが、父の根気のよさには舌を巻く。

馬鹿にしていた、鈍感でコツコツ根性の人のこと・・・

続きを読む "根性発揮してます!"

| | コメント (0)

2009年5月18日 (月)

ふたたび骨折

5月15日

母の巻

圧迫骨折からひとつき半が経ち、痛みもなくなり最後の受診に連れて行く予定だったが、

車椅子に座った母が遅い朝食のお膳を前にボーっとしていた。

「痛くて痛くて、嫌になっちゃう」と苦痛に顔をしかめる。

11日ころからまた腰痛を訴え、ベットに寝たきりになっていたとのこと。

毎日電話をしていたが、道理で電話に出られなかったわけだ。

一度だけ長いコールの後にやっと電話口に出た母は、小さな声で、

「気持ちが悪いからもう切るよ」と言って、そそくさと切った。

その後ケアマネさんから、

「腰痛が再発して、寝たきりになっているので、介護に入るが実費でお願いしたい」

と連絡があった。

更衣・食事・排泄の介助に随時入ってもらうことを了承していた。

さてさて、どうやって医者に連れて行こうか?

介護タクシーは予約してないと乗れないし、

カーサの車椅子付きの車が、出払った後だったので、

自分の車の助手席に座布団を3枚重ねて、座面を高くして座りやすくしておいて、

こんな風に助手席に座らせて連れて行った。

Cocolog_oekaki_2009_05_18_13_56変な絵です。初めてお絵かきしてみました!

診察の結果、やはり、前回の腰椎の上の部分が圧迫骨折とのことで、

安静にしているしか治療法はないということで、母はがっくりしてしまった。

大粒の雨が冷たく感じる一日だった。

| | コメント (0)

2009年5月 8日 (金)

失禁ケアその後

早朝、2回続けて父の便失禁bombケアをする。

食事はおかゆにして、整腸剤を飲ます。

午前中は鳴りを潜めていた腸の活動が、昼過ぎから険悪annoyになる。

予想していたことが起こるdown

トイレの往復、失禁bombケア、脱がせて、拭いて、はかせての繰り返し。

そして下着やズボン・シーツやパットの洗濯。

便の付いたものは、一度手洗いして便を落としてから洗濯機に入れるので

臭いし、なかなか落ちないし、手間がかかるし、疲れる。

もう4~5回目ともなると、だんだん気持ちが苛立ってthunderトゲトゲしくなる。

失禁bombケアの戦闘気分なんてどこかへふっとんでいる。

代わりに、父に対する憎悪が沸々とわいて、ケアする手つきが荒くなる。

「出そうになるのがわからないの!」angryなどと大声で言ってみるが、

そんなことがわかるくらいなら失禁なんてするわけないじゃんdespairと思う。

恐怖の専制君主shadowだった父に痛めつけられたわたしが、何故介護しているのだろう。

いろんな思いがグルグルtyphoon頭の中を駆けめぐる。

そして夜night

下痢便はリハパンから漏れやすいので、オムツを使うほうがよいと言われ、

大きなオムツにこれまた大きなパットを当てて、就寝。

寝付いて2時間後bomb 揺り起こしてトイレに連れて行き介助。

11時、本日最後のbomb 揺り起こし不可のため、

ベットに寝かせたまま汚れたパットを取り替える、という最高難度の介助に挑戦new

きれいなパットをお尻の下に敷く、という技?がうまくいかず、

遂には、ベッドの上に乗って父の足を抱えて、

プロレスの技かけみたいな格好でやっと完了した。

(ちなみに、プロはこんな介助はしませんのでcoldsweats01

昼間はあんなイライラしたのに、妙に満足感を味わえた夜だった。

・・・・昨晩の奮闘の甲斐もなく、次の朝にはもれてしまった。

オムツの当て方のコツが分かっていなかったようで・・・・

| | コメント (2)

2009年5月 7日 (木)

失禁ケア

5月4日

父は2日からまた歩けなくなっていた。

でも昨日は一年ぶりに散歩したし元気だったのだが、4日から調子を崩した。

朝早く、ベッドの上でモゾモゾしだしたので行ってみると、

便がもれてパジャマやシーツを汚していた。

トイレに連れて行こうとするのだが、こういう時には起き上がれず時間がかかる。

臭いし、便がべっとり広がるし、こちらがパニックになってしまう。

やっとトイレに連れて行き、手すりにつかまって立たせたまま、

糞まみれになったリハパンやパットや下着やズボンを脱がせる。

下痢便の汚れをしっかり落とさないと、皮膚の皮がむけてしまうので、

ウォシュレットを後ろから、ペットボトルのお湯を前からかけておいて

清拭用に切った布に清拭液をつけてから、汚れをふき取る。

父が歩ければ、トイレの横の風呂場でお尻を洗えるのだが、それが出来ない悲しさ。

何度も、何度も、布を替えては、汚れがすっかりなくなるまで続ける。

今まで便の介助には手袋を使って、お尻をふいていたのだが、

もう間に合わず、素手である。

きれいに拭き終えたら、お尻にワセリンを塗って、ガードしておく。

そして、やっとリハビリパンツにパットを当てて、下着・ズボンをはかせて終了。

父は毎年、暖かくなってくると下痢になった。

年を取ると気温が上がってくることで、腸の働きが鈍くなるから、と言われている。

去年までは紳士用のズボンにベルトをして、自分でトイレに行っていた。

それが、下痢症状が出てからは、ベルトなどしていては間に合わなくなり、

総ゴムのジャージーパンツになり、リハパンをはくようになった。

下痢が治まるまでかなり日数を費やし、その後便秘気味になったりして、

カマ(便通をよくする薬)の調整が難しい。

不穏の季節の到来である。

| | コメント (0)

2009年5月 6日 (水)

車椅子散歩

5月3日

連休も佳境に入り、晴天続きで行楽日和となった。

カーサの前の公園はこれから毎週末、家族連れやグループで賑わう。

バーベキューをして、食べたり飲んだりしながら、一日中公園で遊ぶ。

遊び興じる子どもや若者の声が、賑やかに響いて愉快な波が部屋にも届く。

遊園地も、ディズニーランドもないからこそ、

諏訪に住む人々は、身近な所で楽しむ術を持っているんだなぁ、と感心してしまう。

そういう楽しそうな人たちの近くに行ってみたくなって、

「芝桜がきれいだから、見に行こう」と父に声をかけると、

意外にも「行く」と言うので、

一年ぶりの車椅子での散歩となった。

Dscf0011_2

芝桜や、八重桜や、咲き始めたツツジを堪能しただけでなく、

小さな子どもたちが挑戦している大きな滑り台を見て、

クマ子たち孫娘を連れてきた昔のことを思い出したようだった。

公園をぐるっとまわって、帰ると、待っていた母も行ってみたいと言い出し・・・

Dscf0014_2

父の車椅子に乗ってご満悦の母。

「楽ちんだねぇ~、これじゃぁ、ヅクなしになっちゃうね」と言いながらもうれしそう。

小さな子どもたちの遊ぶ姿に「かわいい、かわいい」を連発した。

そして、散り始めた八重桜を手にして、部屋に帰った。

| | コメント (6)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »