長文です
父が入院している間に、母と二人で有料老人ホームで体験宿泊してきました。
諏訪湖の辺に立つ「高齢者マンション」です。
諏訪湖と富士山が目の前に広がり、温泉付きの快適なマンションです。
でも、介護付きではありません。介護が必要になったら、ケアプランを立ててヘルパーさんに来てもらうという「在宅介護」の手続きをしないといけません。ここは、健康で自立したお年寄りが住んでいます。みなさん、連れ合いを亡くされて、一人になったので、終の住みかとしてここを選んだという方ばかりです。
姑を長い間介護された経験があり、その苦労や辛さを子供たち(娘)にさせたくないので、同居を辞退してここに来たという婦人。
奥さんを亡くし一人暮らしをしている父親の家に、息子さん家族が来て同居を始めたが、生活のペースが違って疲れが出てきたので、ここを選んだという男性。子供や孫たちがやってきて、心にかけてくれる今の状態が幸せと。
自分の生活を大切にしながら、介護はプロに任せて、笑顔と思いやりの心は子供たちからもらう。そのためのお金を早くから準備してきたと話してくださいました。「貴女も心の準備と、そのための貯金をしておきなさい」と言われました。
両親が何とか二人で生活していけることを前提に、私は遠距離介護をしてきたけれど、
母の体力がすっかりなくなり、普段でも横になっていることが多くなり、物忘れもあって、ヘルパーさんに来てもらっての家事援助では生活できなくなりました。
ついに、両親は二人だけで生活できなくなったのです。
といって、私もこのままこの地に住み付いて両親を介護する生活はできません。私は自分の家があり、夫との生活があります。夫の理解と協力があって遠距離介護を続けられ、今回も単身赴任状態で介護を続けているのだけれど、もうそろそろ結論を出さなければいけないところにきたのです。
父は私の話を理解し、施設に移ることも已む無しと言ってくれました。
けれど、母は「家」にこだわり、「家」を出ることを承知しません。自分が何とか頑張りさえすれば、家事が出来ると言い張ります。
そこで、一度体験宿泊をして、様子を見ようと思いました。
母は体調が悪かったこともあり(それ以後、よくはなりませんが)緊張して固まっていました。でも、食事もまあまあ食べていたし、よく眠れていたし、景色を楽しんでいました。
でも、「家」を離れるのは嫌だ。施設に行くのは嫌だと言いました。
その後、母の具合はドンドン悪くなっていき、吐き気と気持ち悪さで一日中寝ているようになりました。
精神科の診察に行って、3種類の薬の効き目もはっきりしないので、1週間、薬を止めて見ましょうと言われました。
若い時から我慢強く、自分の思いを押し込んで頑張ってきた人ほど、年を取って脳の機能が低下すると、抑えていたものが抑えきれなくなり、コントロールが効かなくなってしまう。
言葉に出して、思いを吐き出すことが出来ればストレス解消ができるが、しゃべらなくなった今は、体の弱い部分にストレスを発散する症状が出ている=吐き気=言いたいことがいえないので、吐くことで「出そう」としている身体の作用。
必ず、吐き気は治まってくるから、治そうとか、何とかしようとか考えずに、静かに横になって寝ていてよい。それが一番の治療法です、と言われました。
食事時に起きてくるだけで、後は横になって寝ています。
「私がこっちに来たときには、家に帰って過ごすようにして、施設と家を行ったり来たりしよう」
「家でじっと寝ているだけの生活よりも、介護のプロがたくさん居て面倒を看てもらったり、同世代の人たちと一緒に過ごして交流したり、機能訓練の運動やサークルや行事などに参加して気分転換をはかったほうが、ずっといいと思うけど」という話を折に触れて、何度も話しました。
母はもう自分では何も出来なくなったことを認めて、家での生活ができないこと。いつまでも私をここに縛っておくことはできないことなどを理解して、施設入居を承諾しました。
隣の町にある『介護付き有料老人ホーム』に申し込みました。来週末の面接のあと入居審査に通過すればOKになります。それまで3週間ほど、若しかしたら最期になってしまうかもしれない両親との生活、悔いのないように過ごします。
施設に入居させることを決めるまで、すごく悩みました。
ここでは淡々と書いていますが、母の老化が進みもう介護を受けなければ生活できないとわかった頃から、いろいろと考えてきました。
私が東京に帰った後、ヘルパーさんの援助だけでは不安材料が多すぎる。
ショートステイも早くから日程を決めるので、何かあった時にはその予定がキャンセルになり、すぐに利用できない。私はずーっと帰れないで次のショートを待たないといけない。
結局、公的支援は在宅(私が同居していることが前提)だからこそ、有効性があるけれど、遠距離介護には全く役に立たないものでした。母が何とかやれている少しの間は利用可能でしたが。
では、私がこちらに移り住んで、ずっと介護していく覚悟があるのか?
でも、東京の私の住まいで夫と暮らすことが基本で、そこを崩したら私はとても不安定な状態になって、介護は続けていけないんじゃないか?自分の生活があってからこそできる「介護」、「介護」のために私たち夫婦の生活を犠牲にしてはいけないのでは?
でも、施設に入れることは「姥捨て」をするということになるんじゃないか?
形は「姥捨て」でも、そこで両親が今よりも快適に過ごせるように、介護はプロにお任せして、心のケアを私が担っていけばいいのかな?
・・・・と、悩みに悩んで、ついに結論を出したという訳です。(長いのに読んでくださってありがとう)
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